ホームズを女性にしたら
知念 お互いミステリ小説を書いている作家同士の対談ですし、「自分にとっての名探偵は誰か」という話から始めましょうか。青崎さんの中で、そういう人物っていますか。
青崎 僕の中の「探偵のモデル」みたいなものがあるとすれば、それはやっぱりエラリー・クイーンです。『体育館の殺人』の探偵役・裏染天馬は、アニメや漫画からの引用が多いんですけど、これはクイーンの引用癖を意識していて。それから、裏染くんも『アンデッドガール・マーダーファルス』の輪堂鴉あ 夜や も、僕の作品に出てくる探偵は今のところ、謎解きのときだけ丁寧な言葉で話をするんです。鴉夜は設定的に凄く偉ぶった喋り方をしてもおかしくないのに、実際は敬語で話すことが多いんですよね。裏染くんも警察や同級生たちにズケズケ言う一方で、謎を解き明かす際は丁寧に喋る。これは自分として「エラリー・クイーンの謎解き」のようにしたい、という意識があるからだと思います。
知念 ああ、なるほど。クイーンは無色透明な印象が強かったですが、そう言われてみれば、引用と丁寧さは青崎さんの「探偵」に通底している個性ですね。
青崎 知念さんは、島田荘司さんの「御手洗潔」ですか。
知念 もちろんそれもありますが、源流という意味で意識の中にあったのは、シャーロック・ホームズです。僕の中で一番の探偵といったら、ホームズ。これが小説の原体験でもあります。ホームズを女性にして医者にしたらこうなる、と考えて作ったのが「天久鷹央」です。
青崎 天久鷹央って言葉づかいが面白いな、と思うんです。「お前」とか「やれ」とか、男っぽいというか。
知念 あれはアスペルガー症候群を意識してます。症状が進むと、「女性っぽく喋る」「男性っぽく喋る」というのが難しくなるんです。ホームズという人物は、現代でいえばアスペルガー症候群なんですよね。現に、BBCのドラマ「シャーロック」では英語の台詞でレストレード警部が言っています。「あの男はアスペルガーか?」って。アスペルガーというのは、厳密には疾患ではなくて、専門的な言葉でいえば「自閉症スペクトラムの中で知能低下をもっていない集団」です。一般の人とかけ離れている部分があり、社会生活を送るのに苦労するので、その症候群に名前をつけているわけで。シャーロック・ホームズは典型的にこれですよね。
青崎 さっきの「女性っぽく喋れなくなる」というのは、どいうことですか。
知念 アスペルガー症候群の人は、人間関係を理解して話をするのが苦手なんです。年齢や立場、性別など、いろいろな要素を組み合わせて、相手のことを考えて、距離感を探りながら話をすることは、本当はとても難しいんです。敬語などは、まさにそうで。鷹央はそうしたことへの理解を諦めた人間なので、ああした口調になってしまう。
青崎 深い裏付けがあったんですね。名探偵は何かしら、アスペルガー的な個性を持っているから、その一つかと思っていました。勉強になります……。
知念 青崎さんの輪堂鴉夜だって、個性という点では飛び抜けていますよ。
青崎 着想は「究極の探偵とは何か」ということから始まっていて、それを考えていったら「探偵に手足はいらない」という……。
知念 凄いこと考えますね。青崎さん、やばい人だ(笑)。
本格ミステリの原体験
青崎 ミステリを読み始めたのは、いつ頃でしたか。
知念 小学校二年か三年のときにモーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」を読みました。これが最初かな。とにかく熱中して、小学生向けの海外ミステリをどんどん読んでいって。それで、コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」に行き着いた。先ほども言いましたけど、これが「名探偵」の原体験ですね。かっこよくて、鮮やかで、衝撃的だった。
青崎 アガサ・クリスティやクイーンは、その後に?
知念 はい、そうやって海外の有名なミステリを一通り読み終わったころ、国内を見てみたら「新本格」のムーブメントの最盛期で。綾辻行人さんや有栖川有栖さんの作品が毎月のように刊行される、夢の環境が……。
青崎 僕が91 年生まれなので、新本格とほぼ同じ頃に生まれているんです。
知念 あ、そうか。デビューが同じ年だから、つい親近感があるんだけど、青崎さん、若い(笑)。
青崎 ただ、大人向けの新本格作品をいきなり読めたはずもなく、子どもの頃はルパン、ホームズ、あとは江戸川乱歩の「少年探偵団」といったあたりを読んでいました。その中で、なんで本格の読書ルートにいったかというと、はやみねかおるさんの「夢水清志郎」シリーズを読んだからです。僕の原体験はこれですね。「本格ミステリ」という単語にも、この作品で出会ったと思います。あと、ミステリ以外にもファンタジーを読んだりして。小学生のときに「ハリー・ポッター」がすごいブームだったので。
知念 「ハリー・ポッター」が小学生ですか。ジェネレーションギャップだな。
青崎 ファンタジーの時代を経て、高校生の頃にクリスティ『そして誰もいなくなった』を読んで、ああ、やっぱりミステリって面白いな、と。この頃にクイーンも読み始めて、それでいろいろ読んで、考えていくと、クイーンが一番なんですよね。しっくり合う、というか。とにかく嵌った。
知念 僕は逆で、クイーンを初めて読んだのは小学生の頃だったから、難しい印象が強かった。
青崎 小学生にクイーンは……確かに。
知念 クリスティの方が好きになって、『ABC殺人事件』『アクロイド殺し』あたりに夢中になりました。『オリエント急行の殺人』も面白かった。青崎さんと同じ頃、高校か大学でクイーンに出会っていたら、ミステリへの考えも、全然違っていたかもしれない。
漫画家志望と医師
知念 小説って、どのぐらいの時期に書き始めましたか。
青崎 僕は高校生ぐらいまで漫画家になりたかったんです。読書体験の話をしましたけど、むしろ読んでいるのは漫画の方が多くて。でも、画が全然うまくならなかった。
知念 東京創元社のマスコットの「くらり」とか、凄く上手く描きますよね。
青崎 人間が上手く描けなくて……。それで、大学に入ったあたりからですかね、画がダメなら文章で、と思って、ライトノベルの賞に応募しました。そうしたらラノベの賞は選評シートが返ってくるんですけど、「ミステリの賞に出した方がいい」って書いてあって。
知念 優しい(笑)。
青崎 そう、ライトノベルの世界は優しかった(笑)。だから鮎川哲也賞に応募したんです。
知念 鮎川賞は初めての応募で受賞ですか。
青崎 はい、一般文芸の賞に応募するのも初めてでした。
知念 そこで一発で受賞しちゃうのが凄いですね。僕の場合はもっと以前から、それこそ小学生の頃から小説家になりたかった。小説が大好きで、映画も好きで、とにかく「物語を作る人」になりたかったんです。けど、だらだらと医者になってしまって……。
青崎 いやいやいや、「だらだらと医者になり」って、おかしいです。だらだらとはなれません。
知念 たまたま医者になって、研修が終わった頃に「何科にいこうかな」と悩んでいたら、なぜか小説「家」に……。
青崎 そんな冗談いりませんから!
知念 真面目な話をすると、僕の家系は代々医者で、僕で四代目なんですよ。曾祖父から医者で、家族もみんな医者。父親も、兄貴も、従弟も。だから僕は親から「医者になれ」って言われたことはないんですよね。それは当たり前というか、なることが前提でものごとが進んでいく環境があって。医者は目指すものというより、そうなるのが当然で、その上で小説家になりたい、っていう気持ちがずっとあったというか。
青崎 小説家になったときに医師の知識が役立ちそう、みたいな下心はありましたか。
知念 そういう発想はなかったです。でも、今も週一で医師として勤務していて、その社会経験は間違いなく役に立っていますし、何より最初の四年間の地獄のような勤務があったので、どんなに執筆が大変でも「あの頃よりは」と思える(苦笑)。
青崎 そんなに忙しいんですか、医者って。
知念 最初の二、三年がとにかく酷くて、朝に病院に行くと、当たり前のように同僚が倒れているんです。昨日までの同僚が今日は患者、が日常茶飯事で、どんどん人が辞めていくし、「次はどこの病院で働く?」って話ばかりしている。完全にブラック企業ですよね。でも、患者さんがいるから、そう簡単には辞められない。自分が辞めると、担当患者を同僚に押し付けることになっちゃって……。
青崎 ハードだ……。
知念 普通、日本内科学会が認めた「認定医」をとるのに六年ぐらいかかるんですが、あまりに忙しい病院だったので、四年でとれました(笑)。そこで他の病院に移って、ひたすら小説を書く日々に。
青崎 デビュー前の投稿は、かなりされていたんですか。
知念 しましたね。最初は一年に一作書くのが精一杯で、しかも一次選考も通らなくて。医師としてのステップアップよりも小説家になる道を選んだので、もう戻れませんから「やばい」と思って、年に三作は書くようにしました。そうやって書いていくうちに、段々と二次や最終まで残るようになって。
青崎 え、デビュー前から年に三作書かれていたんですか。
知念 後がないですからね。そりゃ書きます。書くしかない。
青崎 い、胃が痛すぎる……。知念さんは「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」でデビューですが、この賞を狙っていた?
知念 「福ミス」だけじゃなく、いろいろな賞に応募していました。ただ、使い回しはしないで、とにかく次、次、と書いていて。「福ミス」投稿の大きな動機は、島田荘司先生が選考委員にいる、ということでした。本格ミステリを読んできた僕にとっては、神様のような存在で。あとは、そのとき書き上がった原稿が800枚で、これを受け付けてくれる賞が他にあまりなかった、というのもあります。でも正直、受賞は難しいと思っていたんです。「福ミス」は島田先生が「本格ミステリーを求める」とメッセージを出しているのに、僕の書き上げた作品はハードボイルドだった。最終に残って、島田先生に読んでもらえるだけで十分だ、と思っていたら、受賞の連絡があって、びっくりしました。
「魅力的な謎」vs 「たった一つの正解」
青崎 僕だけじゃないと思うんですが、「天久鷹央」シリーズには、島田イズムを感じます。
知念 「福ミス」をいただいて、どこかで「本格ミステリ」を書かなければ、というプレッシャーがありました。それで「天久鷹央」を書いた、という部分はあります。そもそも「本格ミステリ」という言葉は、人によって受け取り方が違って、今日の対談でも何度か出てきていますが、難しいところですよね。あくまで僕の受け取り方という意味でいえば、島田先生の唱える「本格」の定義が僕にとっての本格ミステリなんです。『本格ミステリー宣言』という本に書かれていますが、つまり、要約していえば「魅力的な謎が提示され、それが論理的に解決される」ということ。だから、「天久鷹央」はまず、謎から物語を作ります。『幻影の手術室』であれば「透明人間による殺人」、『甦る殺人者』であれば「死者の復活」というように。そうした謎を、自分が持っている医学の専門知識でどう論理的に解決できるか、というアプローチなんです。
青崎 なるほど、作品に漂う島田イズムは、そのあたりに起因しているんですね。その点、僕が「本格ミステリ」と考えるものは、やっぱりクイーンなんです。ミステリにはいろんな要素……謎、トリック、解決などがあると思うんですが、僕が一番、読者に見せたいのは、謎解きの過程の「推理する」という部分なんです。
知念 「読者への挑戦状」は、その最たるものですよね。ああしたものを入れるのは、凄いです。あれは「作者が設定したたった一つの正解」以外の答えが存在しない、とならないと成立しませんよね。ひとつのアイデア、考え方として成立していればいい、という発想とは全然違う。
青崎 『体育館の殺人』は、文庫化の際に「挑戦状」を入れたんですが、読者から「ここだけはわかった」「全然解けなかった」という声がたくさん届いて、それは僕の予想以上の反応で、ミステリってすごい、と改めて思いました。
知念 作風やミステリの違いにも通じると思うんですが、僕と青崎さんは作品のタイトルをつける時期も違いますよね。
青崎 ああ、そうですね。僕は書く前に決めます。決まっていないと気持ち悪い。不死身のキャラクターが出てくる小説、不死身のマーダーファルス、『アンデッドガール・マーダーファルス』といった具合に。
知念 僕は後です。ぜんぶ書き終わってから、タイトルを決める。たとえば「天久鷹央」シリーズ最新刊の『火焰の凶器』も原稿ファイル名は「人体発火現象の謎」とかです。
青崎 それは(笑)。タイトルが決まってないと、書き辛くないですか。
知念 うーん、気にならないですね。ここまで違うと、面白いなぁ。でも、じゃあ早くタイトルを決めて、「アンデッド」の続編を書いてくださいよ。作家同士で集まると、いつも話題になるんです、「青崎さんが書いていない」「アンデッドの続編が読みたい」って。
青崎 思わぬところで僕の悪口が!
知念 悪口じゃない、楽しみにしているの。
青崎 期待してもらえるのは嬉しいことで、そうですね、えー、「いつ出るんだ」というご指摘をいただきましたが、あー……。
知念 政治家の答弁みたいになってきた(笑)。じゃあ最後に、「アンデッド」を含めて、お互いが「こんな作品を書いていきたい」という話をして終わりましょうか。
青崎 『アンデッドガール・マーダーファルス』の三巻はこの冬刊行を目指してます。あと年明けに密室劇の短編集が出ますね。ミステリとしても、お話としても、両方面白い、そんな作品を書いていきたいな、と思っています。
知念 僕はミステリに限らず、読んだ人が「楽しい」「面白い」と感じる作品を追求していきたいです。まず今年は、ヒューマンドラマの書下ろしがありますが、今後はSFでもサスペンスでも、面白いものをどんどん発表したい。
青崎 執筆速度は全然違いますけど、僕もベクトルは同じ方向で、頑張っていきたいです。今日はありがとうございました。
知念 「アンデッド」三巻、期待しています。ありがとうございました。
