解説──解説ふうのファンレター
私ことY・山本は、大作家・飛鳥部勝則氏を大変に尊敬している。
この世で重要な出会い、真に意義ある邂逅というものがあるとするなら、私の場合、まさに彼との遭遇がそのようなものだった。
文章を書くことに関しては、一素人に過ぎない私が、今までに、たどたどしい推薦文を何回か必死にまとめてきたのも、ひとえに、飛鳥部氏の功績を世に顕彰しようとするがためなのだ。彼は異常な事件を創出する類希な頭脳と才能を有してはいるが、決して自分からそれらをひけらかしたりはしない。英雄は自らを語らないものであるから、私としては非才を振り絞って、世の中に喧伝せざるを得ないのである。
──そろそろ怒られそうなのでふざけることは止めるが、私と飛鳥部氏との関係性・印象や思い入れはまさに本編冒頭から拝借した文章のままである。
二〇一〇年に発表された『黒と愛』(早川書房)以降大きな動きのなかった飛鳥部作品の再版が始まったのは、二〇二三年のことだ。リバイバルの経緯に関しては、『ラミア虐殺』(二〇二五年 光文社文庫)のあとがきに著者自身によってまとめられているから、ぜひお読みいただきたい。背景には、読者や出版関係者を始めとした多くのファンによる助力があり、私もその流れの中で著者と関係が生まれた一人で、高田馬場で働く書店員だ。光栄なことに著作に名を出していただいたこともある。
この度の解説はそういった縁がもとであり、文芸の専門家でない者が書いていることをご承知の上、広い心で受け止めていただけたら幸いだ。
『レオナルドの沈黙』は東京創元社創立50周年記念出版として二〇〇四年八月に発表された。装幀は岩郷重力氏。単行本裏表紙の著者紹介では末尾で「本書は名探偵・妹尾悠二シリーズの第一弾となる」という宣言がなされた。宣伝文では事前に〈読者への挑戦〉が存在することも明かされており、非常に発売元の気合が見える作品である。当時の読者も続編を大いに期待したことであろう。その後長い長いおあずけを食うことを知らずに。
そんな妹尾悠二が、二十年以上の時を経て令和に戻ってきた。キャラクターにふさわしく飄々と。
物語の展開はシンプルである。まず一つの殺人事件が起きる。超能力を持つ霊媒師・波紋京介による衆人監視のもとでの予告・遠隔殺人だ。密室だった現場の不可解な〈さかさまの謎〉や、癖のある被疑者たちを追いながら、読者は、本当に波紋京介による犯行なのか、別の犯人がいるとすれば誰が、どのように、何故殺したのかを推理することになる。──そして、二つ目の殺人が起こる。
作中、鍵谷と朋江という登場人物がミステリ談義の中でノックスやヴァン・ダインを引き合いに出し「こんな本格探偵小説が読みたい」という《探偵小説作法十三箇条》を作り出すシーンがあるが、飛鳥部氏は前述のあらすじ・舞台立ての上で、この自ら設定した十三箇条の範囲内で考えうるもっとも捻くれた結末を読者に準備している。驚きに満ちた真実に自力でたどり着くことができるか、ぜひ挑戦していただきたい(また、簡単ではないが、十三箇条を参考に自分で創作をしてみるのも面白いと思う)。
ストーリーラインを越えて、私に好感をもたらすのが探偵・妹尾悠二の存在である。この解説の冒頭、私は飛鳥部氏と妹尾を重ねたパロディをした。少し悪ふざけが過ぎたかもしれないが、飛鳥部作品の中で著者に重なる面を最も多く探すことができるのは、妹尾悠二なのではないかとも本気で思っている。
一番の理由は、妹尾も飛鳥部氏も「芸術家」であるからだ。本書『レオナルドの沈黙』の主役、妹尾悠二にとって、探偵は副業だ。本分は、枠組みに囚われない自分の求めるアートの追究である。まるで探偵業を芸術活動の一環として行っているような趣を持つ。事件の謎は彼にとって自明であり、ワトソン役である真壁に推理の講釈をし、導く姿は教師のようでもある。
飛鳥部勝則は一九六四年、新潟県南魚沼郡塩沢町に生まれた。大学院教育学研究科を修了し、その後高校の美術教師となった。現在も在郷である。余談だが、飛鳥部作品の名シーンは氏にとってなじみ深い雪と共に在ることが多い。それらは作品のネタバレに繫がりかねないから具体例を挙げることは難しいが、今作『レオナルドの沈黙』も例に漏れずそうだ。本作の単行本は鮮やかなブルーが印象的な意匠だった。横に流れる波のような、雲のような模様が何を意味するか気になって手に取った者は、書籍を開いて初めてそれが雪景色であったことに気づく。読後には雪に関する斬新な光景が作品の印象として心に残り続けることだろう。
飛鳥部氏は十五歳で油彩を始め、大学で画家の長森聰氏(一九二八─二〇一九)に師事し、院修了までの期間は絵画制作に集中した。教師となってからも絵を描き続け、一九九六年(三十一歳時)に「絵に注いでいたエネルギーを他に向けたらどうなるか」という思いから、本格的に小説の執筆を始める。もともと熱心な読書家であり、習作は中学生のころが初めてだという。一九九一年にも一作書かれていたようである。
最初の応募は後の『冬のスフィンクス』(東京創元社/後に光文社文庫)の原型といえる作品であり、鮎川哲也賞に投稿して、予選を通過したものの受賞はしなかった。しかし間もなく、一九九八年に『殉教カテリナ車輪』で第九回鮎川哲也賞を受賞し小説家デビューした。当時ワープロでの執筆が主流となる中、この作品は手書きで、自作の絵画のプリントが四枚添えられていた。作中人物が描いたという設定のこの絵を、「図像学」で解明しながら物語の謎に迫っていく新鮮な趣向は今でも色褪せない。
私は書店員だが、このような巧妙な仕掛けを施した本は今でも他に思い当たらないくらいだ。相対した主催者や選考委員の驚きは如何程だったか。このとき飛鳥部氏は三十三歳。事実だけ振り返ると、野心的な若手作家の誕生と感じられる。
デビューと共に、飛鳥部氏は本名「阿部勝則」から筆名を「飛鳥部勝則」と定める。由来は平安時代中期の宮廷絵師・飛鳥部常則。常則は『源氏物語』等に名が残る大和絵絵師で、現代では作品が一つも残存しない。飛鳥部氏はそこが好きなのだという。実物がないのに、十世紀間も作者の名が伝わるほどの作品はどのようなものだったろう。ロマンを感じるし、そこに個々人の想像の余地がある。
小説も同じで、読んだ人それぞれに抱いている感想があり、飛鳥部氏はそれを否定せず、楽しんでいる。飛鳥部作品には作品を横断し同名の登場人物が多く登場する。例としては、『殉教カテリナ車輪』以降様々な作品(本書『レオナルドの沈黙』も含む)に登場する影屋という刑事や、『冬のスフィンクス』『堕天使拷問刑』等に登場する亜久直人が代表的だろう。だが、それらに対しての飛鳥部氏の公式見解は、「同一人物かもしれないし、違うかもしれない。読者が面白いと思うほうを採用してよい」という緩いものだ。
デビュー以降、画家と教師を兼任しながら小説を書き続け、『レオナルドの沈黙』は長篇第九作にあたるが、その作中、妹尾悠二は『モナ・リザ』に眉が描かれていないという謎に対して、似たことを語る。
「(様々な説に対して)いずれが正しいともいえず、定説はない。だからこそ、良いのだ。だからこそ、魅かれるのだよ」
私の認識では、阿部勝則という人は芸術家だ。絵を描き、文章を書く。膨大な小説や絵画など人の手による芸術を摂取し、その範囲は漫画やアニメにまでわたり、節操がない(新潟在住の飛鳥部氏だが、フットワークの軽さは有名で、頻繁に都内の絵画展や書店に顔を出している。読者も書店では辺りを見回して、飛鳥部氏を探してみてほしい)。インプットを楽しみ、自分の理想とするものを創って自由に表現する。その取り組みが妹尾悠二と繫がるのだ。もちろんこれは私の勝手な解釈である。
最後に、「ロスト飛鳥部」の時代に私を飛鳥部勝則に出会わせてくれた方々へお礼を述べさせていただきたい。
①インターネット上のミステリファン、野生の評論家の方々。飛鳥部作品は熱いファンを持つ。それは嗜好を詰め込み、同好の士に語りかけるような作品への共鳴が起こるからだと思う。皆様の書評がなければ私はこの作家を知れなかった。
②早川書房の吉田智宏氏。稀代の魔書『堕天使拷問刑』を飛鳥部氏に書かせ、世に問うた。作品は飛鳥部氏の代表作となり、風化しない唯一無二の作家が誕生した。
③井上雅彦氏。二〇二一年《異形コレクション》『秘密』にて再び飛鳥部氏を起用し、その健在を示した。飛鳥部氏曰く「私の作品を求めてくれたのは井上先生だけだった」(二〇二五年異形コレクションイベントにて)。
④宝島社『このミステリがすごい!』編集部。デビュー以降「私の隠し玉」で飛鳥部氏の近況を伝え続けている。読者にとってこれ以上の希望はない。
二〇二三年から始まった再販運動によって、飛鳥部氏のカムバックが果たされたというイメージが存在し、それが契機であったことは間違いない。だが、実際は再販に直接携わった以外にも多くの方々が尽力され、それが実を結んだ結果だと思う。これほど多くの人から熱烈に愛される作家もいないのではないだろうか。改めて皆様、私に飛鳥部勝則を教えてくださりありがとうございました。
『レオナルドの沈黙』発表当時の飛鳥部氏の長篇作品はすべて独立しており、共通するキャラクターの生き様を追わせようとするものではなかった。古参のファンは「妹尾悠二【シリーズ】」という文言には驚愕したはずだ。この一文は飛鳥部氏が今までと違う取り組みで小説を書くという表明だった。
あなたは二〇二五年に発売された一五年ぶりの長篇作品『抹殺ゴスゴッズ』(早川書房)を読んだだろうか。その作品こそが探偵・妹尾悠二の再登場の舞台となる。妹尾悠二も、飛鳥部勝則も生き続けている。今後の展開に期待を抱く同志は、これからも一緒に推し続けてまいりましょう。
──すみません。右の署名は冗談で、「山本陽子」は飛鳥部先生の「ある短篇小説」に登場する、今から十年後を生きるキャラクターです。その短篇は書泉が販売する「『異形博覧会』『バベル消滅』復刊記念有償特典小冊子」に収録されております。#PR
