『検索結果はありません』とディスプレイに表示されるや否や「な、なんだよこれ」と沢さわタモツは盛大に舌打ちした。キーボードから浮かせた両掌てのひらをテーブルに叩たたきつける。
「なんだよこれは。なに? なになになに。どゆこと? ねえ。どーゆーこと?」
「いや、どういうこともこういうことも、ですね」と、おれは肩を竦すくめてみせた。「西暦一九九五年と沢タモツの二項目で検索してみても、これといったトピックはなんにも無いと。ただそれだけの話で」
「そんなはずはない。絶対にない。そんなはずは絶対にありません」
タモツの前のテーブルにはディスプレイとキーボードのセットという、一見デスクトップパソコンのような形状の機械が鎮座ましましている。彼が自画自賛するところの人類史上最高の発明、オムニEXSTエンジンである。その傍らに置いてある分厚い紙の束を、タモツは右手で憤然と持ち上げた。
「ほら、これ。このとおり。ゲラは出来ているんだ。校正作業はこれからだけど、ぼくの『メタ・コスモ・シロップ』は予定通り来年の一月に、ちゃあんと刊行されているはずなんだ。なのに一九九五年、沢タモツと打ち込んで検索結果ゼロ、ってこたあないでしょ。ゼロってことは。あ。まてよ、そっか」
なにやら独り合点してタモツは再び、かたかたッとキーボードを叩き始める。「タイトルを入れておかなきゃ、ね。そうそうそう。肝心の『メタ・コスモ・シロップ』って、いちばんだいじなキーワードを。ね」
『一九九五年、沢タモツ、メタ・コスモ・シロップ』と、ひと文字ひと文字が、やけにゆっくり丁寧に、オムニEXSTエンジンへ入力されてゆく。が、タモツがエンターキーを押すやまたしても、にべもなく『検索結果はありません』と表示されるだけ。
「どうなってんだよお、もう。メフィストフェレスさんよお」とタモツは恨みがましげにディスプレイと、おれとを見比べた。「ちゃんとぼくの魂の対価に見合う仕事、してくれてる? これってほんとに、ぼくの考案したとおりの万遍能システム式マルチ汎遍的シミュレータに仕上げてくれてるの?」
「万遍能システム式マルチ汎遍的シミュレータ」とはコイツが誇大妄想に任せて不世出の天才気どりで悦に入っている珍妙な造語で、もちろん架空の発明品だ。やたらに「遍」だの「汎」だの、まるで生まれて初めて手にした玩具をひけらかしたくてたまらない幼稚園児以下のとにかくこんなにすごいんだぞさあみんな驚嘆しろ的ネーミングセンスはさて措おくとして。ざっくり言えばインターネット検索エンジンとタイムマシンが合体した代物、くらいに考えてもらえば判わかりやすいだろう。通常の検索エンジンだと歴史上の過去から現在までの既出事象しか調べられないが、これを使えば実際には未いまだ発生していない未来の出来事までもすべてお見通しという次第。
神の視点で作動し、文字通り森羅万象をカバーできるので検索機能に時空的な制限がいっさい無い。例えば昔コイツをいじめていたヤンキー連中や、いっぽう的に懸想しながら洟はなも引っかけられなかった女性といった市井のひとびとの人生の動向までもが閲覧し放題。もちろん己れの積年の怨うらみの対象だからという根拠だけで彼ら彼女たちが将来必ず不幸になっているだなんて決めつけようはない道理だが、アイツらの悲惨な末路を高みの見物でせせら笑ってやるもんね、との昏くらい願望こそコイツが小説家デビュー作となる予定の『メタ・コスモ・シロップ』作中にこのオムニEXSTエンジンなるスーパーマシンを登場させたそもそもの動機だったりする。
「もちろんお望み通りに造りましたとも。保証いたしますとも。あなたさまのこのゲラに記載されたスペックの隅から隅まで余すところなく、しっかりとここには具現化されていると、そこはどうかご信頼いただきたいですな。わたしだってこう見えて、ええ。人間さまの魂を担保に願望充足契約を交わさせていただいている悪魔の端くれですので」
とはいえ、ぶっちゃけ人間の魂なんぞ如何いかなる意味に於おいても等価交換には値しない。形けい而じ上じょう学がく的にであろうが形而下的にであろうが、そんな大層な価値なぞ微み塵じんも無いのだ。それはかのゲーテの時代にだって同様で、おれたちがこうしてたまに気まぐれを起こして甘い誘惑をコイツらに持ちかけるのは、自意識と欲望に手もなく振り回される人間どもの滑稽な醜態を眺め、おちょくっているだけなのだが。ま、そこはそれ。
「だったらさあ。来年のぼくは彗すい星せいの如ごとく現れた天才ベストセラー作家として世間に認知されていなきゃおかしいじゃん。ねえ。なのに、なんなの。なんなんだよこれ」
直前で出版延期とか中止になったとかそういう可能性は全然思い当たらないのかコイツは、と謙譲の美徳のひとかけらも窺うかがえないそのものいいに呆あきれるやら、いっそ感心してしまうやら。「いくら世紀の大傑作とはいえ、発売一年目から、いきなりベストセラーになるとは限らないんじゃありませんか」
「ん。う、うん。まあそうかも、ね。じゃあ一九九六年で、やりなおしてみる」
しかし、九六年でやってみようが『検索結果はありません』。立て続けに九七年、九八年、九九年、そして二〇〇〇年と沢タモツ、『メタ・コスモ・シロップ』と打ちなおしてみようが、なんにも変わらず。その都度『検索結果はありません』と単調、かつ非情に反復されるだけ。
二〇〇一年で試してみても同じ結果を突きつけられるに至り、ついにタモツはブチ切れてしまった。
「おかしい。おかしいよ、こんなの。あり得ない。このぼくが四十一歳になっても、なんにも無しだなんて。噓うそつけって。この頃にはもう、ぼくの『メタ・コスモ・シロップ』は国内に留とどまらず、英訳されてだね、全世界でベストセラーになってだね、そしてハリウッドで映画化の運びとなっているはずだろ」
「それだといわゆる一発屋で終わっているかもしれないじゃありませんか。そうではなくて例えば二十年、三十年をかけて息の長いロングセラーになったりしているのでは」
「えー? つまり、なに。あんまり有名じゃないけれども実は知るひとぞ知る名著、みたいな? うーん。それは正直、あんまり嬉うれしくない。トータルで同じ部数が売れるとしても、もっと華々しく取り上げられて然るべきなのに。まあ、とにかくもっと検索してみよう。えと、次。二〇〇二年は、と」
って、いい加減どうして気づかんのかな、コイツは。先刻いわゆる「人類史上最高の発明」の機能を説明する際に「ボクを馬鹿にしてた連中の行く末だって、ぜーんぶ検索できるんだ」と自信満々だったじゃないか。
つまりマスコミに大々的に報じられる有名人のみならず一般市民だって、この機械にかかるとちゃんと「結婚した」だの「子どもができた」だの、赤の他人たちは興味を抱かないような平凡なトピックまでもが、すべて閲覧されてしまう、ってことだろ?
それが「沢タモツ」と入力して、なにもヒットしないってのは、すなわち一九九五年以降オマエはもはや、この世に存在しない。つまり、とっくに死去しているってことに他ならないじゃないか。阿あ呆ほう。
from Mephisto Readers Club